「ソライロカナタ」 presented by 三坂 詩乃

2015年03月06日 18:01

 空が遠い。

 突き抜けるような蒼穹へ手を伸ばしながら、感慨もなくそう呟く。

 雲のひとつひとつに触れられたらいいのに。

 幻想(ユメ)を壊す知識ばかり身につけた私はもう、あれらが単なる水蒸気の固まりで、触ったって感触なんてなくて、きっと冬の朝靄の中を走り抜けたときのあの失望と同じものを再度受け取ることになると予期できた。だからこそ味気なくて、ますます世界が夢のないものに思えるのだ。物理だとか化学だとか生物だとか、世界の姿を暴く過程で世界そのものを小さくしてしまうあのお勉強は特に嫌いだ。

 どうして色があるの、と小さい頃祖母に訊ねた。

 目に見えない、大筆を携えた妖精が視線を向けるたびに色をつけているんだよ。そう言って祖母は笑った。妖精さんの絵の具が欲しいな、と自分はねだって、祖母はその年の誕生日に妖精さんからもらってきてあげようと言い、その日が来るより先に亡くなった。

 ――幼いと言われれば、確かにそうなのかもしれない。未だに夢を見ている心が嫌で笑ったって、何かを信じたいだけの私はどうしても空想に立ち返る。大人が忘れてしまったものだ。大人の目にはもう見えなくなってしまったものだ。子どもがどんなに訴えたって、困り顔で笑って誤魔化すだけの大人は、空を泳ぐ魚も色を付けて回る妖精も、夜空に浮かぶ金平糖も馬鹿にするようになってしまった。

 大人に近づくにつれて、揺りかごの時間は終わりを告げて、その終焉の鐘が鳴り響く頃には黎明がもう現実に連れ去っていく。

 私もそうやって、攫われようとしている。

 

 空が好きだった。

 どこまでも果てを知らないところが、太陽と月を映して何一つ邪魔をしないところが、いつの間にか色を変えて素知らぬ顔をしているところが。理由なく、どうしても好きだった。憧れていた。

 空になりたい、と将来の夢に描くと、他の子供たちと並べて貼り出され、いかに自分が周りと異なっているかを指折り教えられた。それでも胸を張っていた。だって、空は素敵だ。鳥を飛ばせられて、太陽と月をかわりばんこに支え、星くずを浮かべられる。ふと見上げたときに、空より大きくてやさしいものを私は知らない。

 だから本当は、今でも時々呟いてみる。いつか、そらになりたい。

 空が自分の色を決めて、少しずつ入れ替わっているとするなら、私は夕焼け空がいい。少しだけ顔を出して、誰かの感嘆を浴びて、得意げな顔をして、夜と代わる。そうして、星座と月の輪郭をなぞりながら、朝を待ちたい。

夜の静かで、隠れていて、絶え間なく寂しくて、ひとりぼっちなところがたまらない。光を届かせるにも恥ずかしくて、人の手を借りる。星くずを煌めかせて、誰の目にも止まらない自分を見てもらいたがるのだ。宵闇を怖がられるのだって本当はすごく哀しいけれど、それでも夜は弱いから、どうにもできない。しかし夜はその闇色の帳で、あらゆる夢を包み込んで守ってくれる。私が望んだ、想像の種が次から次へと芽吹くような世界だって、夜が現実を暗がりに引き込むと途端に躍り出る。夜は綺麗で、弱くて、やさしいから。そんな夜の方こそ守られるべきで。それを助ける権利が手のひらの中に落ちてくるのはきっと、夕焼けだけだ。

 

 こうして想像と一緒に歩いていると、たまに必要が私に追いついて、その手を肩にかける。

 君の望みは本当にそれだけかい。

 空に染まって、夢に沈んだらそれで満足かい。

 でもね、世界そのものはそんなに優しくない。

 君はヒトで、現代のヒトには歩くべき道がしいっかり舗装されているだろう。

 逸れて迷子になってしまわないかい。

 大丈夫、と嘯く。惰弱で卑しく臆病な自分は、今ではもう他人の排斥にも非難にも耐えられない弱さに気づきながら、それを引き剥がせなくなってしまった。それが社会を知ることであり、誰かと共に生きることであり、知己と経験と知識を得た代償でもある。

 自分の本当の望みは何だろな。

 考えてみたって浮かぶわけがない。逃げてばかりだった自分が、鬼と見なしていたモノの中に理想を探し出すなんて困難な話だ。やりたいことも、やりたくないこともない。なりたいものも、なりたくないものもない。空虚だと思いながら、全て認識にとどまる。なぜか笑えてしまった。

 将来へと続く橋を渡ったら、理想は見えてくるだろうか。

 未来のあらゆる可能性に縋って、私はまた世界から逃げ出した。

 

 

 

 あとがき

どうも、三坂詩乃です。

書きかけのデータを忘れて部活に来てしまったので、30分謎クオリティですがお送りしました!

30分と言いつつ途中でおしゃべりに混ざった時間があったりなかったり。詐欺ですね。でも構想から含めてちゃんと30分でできました!

なんとなく幻想的でふわふわしたものを描こうと思ったら、「あー高3になりたくないなー」が炸裂してこうなりました。ごめんなさい。

ちょっとでも楽しんでもらえたら何よりです! 読んでくださった皆さんありがとうございましたっ。