雪国の子供たち
こうたが朝起きてカーテンを開けると、一面すべてが白く光っていた。電柱の頭には白い雪がこんもりと積もり、垂れ下がるケーブルは重みで千切れそうなくらいだった。向かいの家の庭では犬がきゃんきゃんと楽しそうに飛び跳ねている。
それを見た彼は大きく口を開けていたが、やがてにんまりと笑みを浮かべて、着替えもせずに階段を下りるとキッチンでお弁当の準備をしていた母親のもとに駆け寄った。
「おかあさんおかあさん!そとがまっしろ!ねね、なんでなんで!?」
「ああ、そうか……こうたはまだ見たことが無かったかしら。それはね、ゆき
って言うのよ」
「ゆき?ゆきっていうんだ……ねね、ゆきってたべられる?」
母親はくすりと笑うと、優しげに彼に告げた。
「ふふふ、残念ながら雪は食べられないのよ」
期待に胸を膨らませていたこうたはその言葉に肩を落としたが、続けられた二言目に瞳をきらめかせた。
「でもこれだけ降ったなら、かまくらの一つや二つは作れるんじゃないかしら」
「かまくらってつくれるの?!じゃあつくってくる!」
「待ちなさい、まだパジャマじゃない。それに今日は学校があるでしょ?それが終わってから、とも君とでも一緒に作ったら?北国の子なら作り方も知ってるでしょうし」
「えー、すぐにつくりたい」
「だーめ。ほら、部屋に戻って着替えてきなさい。これだけ雪が積もってたら、学校に行くのにも時間がかかるでしょうからね」
「でもでも、やっぱりつくりたい…」
「そんなこと言ってると、とも君との約束の時間に遅れちゃうわよ?」
「あっ、ほんとだ!急がなきゃ!」
階段で走っちゃだめよという母親の注意は、親友との約束を守ろうと急ぐこうたの耳には入ってこなかった。
「おーい、ともぉー」
家を飛び出したこうたは、曲がり角で待ち合わせをしていた少年が壁にもたれ掛かっているのを見つけると、手を振りながら走り出す。ランドセルに括りつけた食器袋がガチャガチャと鳴った。
少年――ともきは鬱陶しそうにこうたの方を見ると、よぉと低い声で返事をした。
走り出したこうたは――その勢いのまま雪だまりに足を取られて綺麗にすっころんだ。
頭を抱えてのたうち回るこうたに、ともきは慌てて駆け寄る。
「おいおい、大丈夫か?」
「っつ~~~ぅいったぁ。あー、おもいっきりあたまうっちゃった」
何事も無かったかのように立ち上がるこうた。ともきは大きくため息を吐く。
「ったく、気を付けて歩けよ。......っておい!お前運動靴のままなのかよ!?」
「え、ダメなの?」
キョトンと首を傾げるこうたを見て、ともきの肩がガクリと落ちた。
「あのなぁ……運動靴のままだったら滑るに決まってるだろ。せめてスパイクかなにかをつけろよ」
「でも、スパイクなんて持ってないよ?」
「しゃーねえなぁ、とりあえず俺の家に来いよ。そこで靴を一足貸してやるから、それで学校に行こう。放課後に買いに行くぞ」
「え~、放課後は一緒にかまくらを作ろうと思ってたのに~」
やれやれと言わんばかりに首を振りながら、ともきは答えた。
「かまくらを作るのはいつでも出来るだろ?どうせこれからしばらく雪はなくならないんだから。それよりも靴を……」
「ゆきってずっとあるの!?」
倒れ込んでいた体勢から飛び起きると、ともきまでの距離を一息に詰める。鼻息荒く問い詰めるこうたに、ともきは少したじろいだ。
「あ、ああ。だいたい五・六か月はあるだろうな。だからちゃんと靴を……」
「やったぁ!かまくら作りほうだいだ!」
「人の話を聞け!」
逃げるこうたと、追うともき。二人は満面の笑みを浮かべていた。