ジャックポット

 

 新興都市『レヴァイタン』の裏通りに存在するカジノ『ジャックポット』。勝ち続けた者はすべてを手に入れ、敗者には哀れみしか与えられない。そんな場所に、今日も悲鳴と嬌声と叫び声が響き渡る。今日は一匹の痺れる子羊を見てみよう・・・

 

 群衆がざわめいている。その中心にはテーブルと一組の椅子とそして双六。座られるために存在する椅子は今や床に転がっており、男たちののめり込み具合を示している。

「ヒャッハー!きたきたぁ、ジャックポット!」

「うそ、だろ・・・」

 たった今、勝負が決まった。敗者は服以外のすべてを渡し、おとなしく去っていった。

「おい、あいつこれで三十勝めだぞ。ドンだけ勝つんだ?」

 周囲を囲む人間たちは、好奇と妬みの入り交じる視線を彼に送り続けている。

「あいつは決して負けない男だ。」

 それでも彼に挑む人間が絶えないのは、このカジノのどこか非日常的な、浮ついた空気にそそのかされてしまうからだろうか。

 また、一人の男が彼にゲームを申し込む。

 負けてもいないのに、場の空気はすでにその男に対するあきれと哀れみを帯び始める。

 しかし、当の彼――「コンセント」は、そんなことは気にもとめない。

 

 その奇妙な名は、彼の風貌からつけられた通り名だ。

 彼が常に羽織っている長い外套には、なぜかコンセントの穴ようなすかしがいくつもあけられている。首にかけられている長い銀の鎖もまるでコンセントをかたどったかのようなものに見えるのは、それほどに彼の通り名の印象が強いということに他ならない。

 

 

「……お、よく見りゃお前、前に俺に負けて帰ったやつじゃねえか」

 彼が眉を上げて席についた男を見やると、男はふてぶてしく笑って言い放った。

「ふん、覚えているとはな。だが、その認識は改めてもらうことになりそうだぜ?」

 勝負は何に、とディーラーが口を挟むと、ついと顎をしゃくったコンセントが「ゲームの決定権は挑戦者が有する。好きに決めな」と余裕を秘めた笑みをよこす。

 男はわかっていたとでも言いたげに首をこきりと鳴らすと、小さく通る声で言った。

「――ブラックジャックだ」

 

 

 ブラックジャック、それはルールとしては単純。二十一に近いほうが勝ち。二十一が最強。二十二は負け。たったそれだけで簡単に勝負が決まってしまう。

「ディーラーはいかさま防止のために『ジャックポット』のスタッフにやってもらうがいいか?」

「もちろん。ディーラーは勝負には参加しない、どちらがより二十一に近いか、といいことでいいんだな。」

「そうだ。」

 男の返答にコンセントは含み笑いをしてから外套のすかしを少し指先で触る。

「まあ、俺の勝ちだがな。」

 男はあざ笑う様に片頬をあげて、わからないぜ、勝利の女神様っていうのは意外と移り気らしくてな、と片手をポケットの中につっこむ。

「じゃあ、『ジャックポット』のスタッフの誰か、ディーラーをやってくれよ。」

 まさかの再挑戦というやつか、とあたりはざわめき出す。それに答える様に一人の女がすいません、今手が足りなくて、私でよろしいでしょうか、と婉然と笑う。長い髪の毛を後ろでくくっている。

「おう、こんなかわいい女の子でよかったな、お前もどうせ身ぐるみはがされる運命だから、今のうちによく見ておけよ。」

「ああ、そうさせてもらう。」

 コンセントの挑発に男は目を閉じる。

「掛け金はいかがしますか?」

 女の髪の毛がふわりと揺れた。コンセントはじゃあ、今持ってる掛け金の半分、という。おお、というどよめきが周りを飲み込んだ。挑戦者の君、どうぞ、とコンセントは片手で、挑戦者の男を促した。

「……左腎臓。」

 いったん空気が凍り付いた。体までかける馬鹿はそうはいない。いいんですか、と一瞬の間をおいて女はいった。

「ええ。いいですよ。腎臓の片方くらい。」

 彼はあくまで冷静だ。

 カードが配られる。あくまで二人ともポーカーフェイスを装う。

「ヒット」

 男はヒットを要求する。

「スタンド」

 コンセントは余裕ぶった笑みをしながらカードを扇子の様にひらひらさせる。

 もう一枚のカードが配られて、見せ合う。

「……ブラックジャックか。」

 苦々しげな顔をして男は言う。男のカードは二十。コンセントは二十一。

「ははっ、惜しかったねえ、君の腎臓、いただきっ。」

 指さしてからからと笑う。

「もう一回だ。」

 男はまた冷静な顔に戻って今度は肝臓四分の一、とつぶやく。

「いいのかい、そんなかけちゃって。というか、ほかにかける物ないの?」

 コンセントはじゃあ、めんどくさいね、全部かけちゃおう、君がそれだけ体を提供しているならねえ、とおかしげに体をくの字にする。

 赤いカードがぱらぱら、と二人の前に配られる。

「スタンド」

「ヒット」

 女はコンセントの前に一枚カードを放り投げた。

 くるり、とそれは表を向いてしまい、マークと数字があらわになった。エースが飛び出した。コンセントの顔がゆがむ。

「どうした、一か、十一か、どっちだ。」

 挑戦者はすました顔をして催促をする。

「……一。」

「二十一。」

 コンセントのカードは十九。

「こっちの勝ちだね、ミスターコンセント?」

 女がくく、と笑いを漏らした。

「馬鹿だねえ、この男も。勝利の女神様は移り気だって、彼が言っていたでしょう?」

 そして残ったカードをすべてぶちまける。残ったカードはすべてエース。

「お前ら……、計ったな!?」

「昔言っていたじゃないか、ばれなきゃいかさまじゃない、と。」

「うざったいいかさま野郎がまた一人減ったねえ、兄さん。」

 女は結んでいた髪の毛のゴムをばっと取り、腰に手を当てて、ふうと息をつく。

「ああもう、うざったいな、このつけ毛も。」

 そうパフォーマンスをするようにつけ毛をとると、その顔は美しい男のものへと変貌していた。

「兄さん、もう行こうよ。こんなしけたところ、もう用はないんだって。」

「じゃあ、失礼しますよ、ミスターコンセント、さようなら。」

 ああ、そうそう、言い忘れていた、と挑戦者だった男は弟に手を引かれていたのを一旦振り払ってから笑う。

「ギャラリーのみなさん、ごきげんよう、残念ながら、もう遅い時間ですね。本当にさようなら。」

 慇懃無礼とも思える礼をしてから、彼はそこを後にする。

 そして二分後、銃を持った警官たちが動くな、麻薬所持、使用容疑で逮捕、家宅捜索する、というヒステリックな声をあげた。

「兄さん、やっぱりカジノは愉しいところじゃないとね。俺たちがいるからカジノは愉しいところになるんだよね。」

「そうだな。」

 カジノの裏の世界にいる男二人はそういって笑いあった。