夕日と朝日

 

昔から夕方を見るのがなぜか好きだった。朱に染まった太陽の光が町を茜色に染め上げ、憂いのある表情を作り上げる。見ているとどこか悲しくもあり、懐かしくもある。

親の仕事の都合で転校が決定したのは、昨年の冬に入る前のことだった。昔からこうして転校することはよくあり、そのたびに学校の友達とお別れをしてきたが、何度経験しても慣れることはない。

「絶対手紙書いてね」女友達がそう言った。

「大丈夫だよ、メールもあるんだし。ぜったいまた会おうな」男友達がそう言った。

彼らの優しい言葉に対して、僕はただ笑顔でうなずいたのだった。

新幹線で何駅も乗った先の新しい街は、元の街よりビルが少なく、空が広く見え、駅前にあるマンションの一室が僕ら家族の住む家だった。四人暮らしにしては十分すぎるほど広く、新しい学校からもそう遠くはなかった。部屋の壁は白く、マンションが新築されて間もないことが分かった。フローリングの床には傷一つない。和室もあり、入ると真新しい畳の匂いがした。

 

 

 荷物を片づけるのには一時間もかからなかった。引っ越し慣れているせいだろうな、と思った。

「明日、転校先の学校に挨拶に行きますよ」

 晩御飯の食卓で、テレビを見ていた母が思い出したかのように言った。天気を話すときと変わらない口調だった。父は黙って箸を動かしていた。妹はスマホから視線を上げなかった。

「学校に行くのは年明けからだから、冬休みの間に授業の範囲まで自習しておきなさい」

 何となく、ただ何となく返事をしないでいると、父が重苦しい声で返事は、と問うた。

「――はい」

 このマンションから初日の出は見えるかな、とふと疑問に思った。

 

 年明け前、長いようで短い1年を懐かしんでいた。これから先の生活のことを考えるとため息がでた。脱ぎ捨てられたまま置き去りになっていた服を箪笥に放り入れた。

 年が明けるからと言って、賑わう街を9階から見下ろしていた。毎年、仲のよい何人かの友達と初日の出を眺めるのが常套だった。しかし今年は違う。

 

 

 慣れているとはいえ、引っ越しはやはり疲れる。僕は思い出を胸に抱きとめたまま、床についた。

 翌朝、雀の鳴き声が空を飛び交う中、目を開けた。

 部屋は優しい光に包まれていた。上体を起こすと、窓から光が入っていた。

 朝日だ。

 あのときの初日の出とは違う、新しい光。あのときの感動は、友達は、今ここにいない。寂しさと悲しみの混じった光にも感じた。それでも、地上を闇から救う、希望の光であることには変わりない。もしかしたらこれは、僕の新しい生活を照らす朝日なのかもしれない。

 

 

                                                                    Fin.