三月某日の一騒ぎ

 

――三月

 女子が大騒ぎするイベント――バレンタインデーから、早くも一ヶ月が去ろうとしている。チョコレート会社の陰謀としか思えないこのイベントは、甘い匂いが充満し、相手がいない者に嫌気を覚えさせる。反対に相手がいる者は、いつもよりも甘い雰囲気を出しいて、見ていることすらできない程だ。

 一ヶ月後、お返しの菓子―男子が考える。

――キャンディ、クッキー、マカロン

 いろいろな菓子を頭に浮かべる。

 一方で女子は、何を貰えるのか、と期待して待つ。

 バレンタインデーの主は女子、ホワイトデーの主役は男子と考えがちだが、それは偏見だ。男女ともに両方のイベントを心待ちにしている。

 

 中学校の頃は、菓子の持ち込みが禁止だったため、教師の目を盗むか放課後に約束を取り付けないと、菓子を渡すことはできなかった。しかし、高校では違う。菓子の持ち込みが禁止されていないため、殆どの生徒が菓子を学校で渡す。

――人目に付かないところで、ひっそりと

――人目に付くところで、見せつけるように

 そんな光景から目をはずすと、独りでいる人も目に入る。

 独りでいる人たちは大抵強がりを言う。

「学校で渡す必要性がわからない」

 

 

「どうせ高校の恋愛なんか長続きしないのに。」

・・・どこまでがひがみでどこまでが正論かは、彼らにもわかっていない。

とはいえ―――いざ、ちょっとでもその「甘い」イベントの端でもかじらせて貰えたとなれば、免疫のない彼らは途端にとろけてしまうだろう。融解温度で言ったら、それこそチョコよりも低いのだから。

 

「わ~~~~~。」

隣をゆく友が声を上げた。

「うわあ~~~~~~。」

「うるさいよ。」

正直つっこみたくもなかったけれど、隣を歩いている限りこいつの機構は止めてやらねばなるまい。きっと周りを歩くかわいらしいJKたちから「あいつもこの異常者の仲間だ」と白い目で見られるに違いないから。よりによって今日この日に、そんな状況はごめんこうむる。

「だって~・・・。」

「他人のふりして歩くけどいいの。」

「さーせん。」

それでとりあえず、二人とも黙り込んで甘いチョコフレーバーの街を歩いてゆく。

 

 

 町中から目を逸らそうとスマホをいじっていた友が、

「チッ」

と舌打ちをした。

「どうした虚太?……ああいや、説明しなくてもい――」

「ツイッターでラブラブ写メ上げてるやつが居んだよ。嫌がらせにおまえの写真送りつけてやる」

「待て。なぜ俺の写真が嫌がらせにつながるんだ」

 自らの尊厳とプライバシーの連続関連性について哲学的思考を巡らせていると、視界の端にタカハシさんが居ることに気が付いた。

「おい、あれって」

「うん?あ、タカハシさんだ。一人なんて珍しいな」

 学年一の美少女と名高く、しかも性格も良い完璧人間のタカハシさんは、大抵友達と一緒にぞろぞろと帰っている。

「そう、蓮一とは違って……」

「それはおまえも同じだろ」

「「はぁ……」」

 

 

そう。俺たちはバレンタインデーともホワイトデーとも全く縁のない、いわゆる非リアだ。そんな俺たちは自分たちの思うより深い心の傷から現実逃避をするために、街をうろついていた。ただ、この甘い街の徘徊は逆効果だったようだが。

「なんかもう、帰ろうか……」

「うん」

 そして、帰路につこうと方向を変えたとき、

「あっ、おーい」

 きれいな声に引きとめられた。振り向くと、かわいらしく走ってくるタカハシさんが見えた。

 ま、まさか、俺に話しかけているのか……! そ、そんな。あの学年一の美少女タカハシさんに!? いや、そんなはずはない。きっと俺の後ろに知り合いがいるんだ。

 振り向いても、人は全くいない。

 うおおおおお! た、タカハシさんが俺に話しかけてくれたー!

 と、一人興奮している俺の前で立ち止まったタカハシさん。

 な、何のようだろう。はっ、今日はホワイトデー。まさか、まさか……。

 タカハシさんが口を開く。

「虚太くん、さっきはありがと! おいしかったよー、あのクッキー」

 は……?

「いやー、お返しはしないとねー。タカハシさんのチョコもおいしかったよー」

 え……。虚太がタカハシさんと会話をしている? 幻覚か?

「ちょ、ちょっと待て。おまえ、何でタカハシさんと親しげに話してんの?」

「え? だって、同じクラスだもん」

「は?」

「で、バレンタインの日に、タカハシさんがクラスの男子みんなにチョコを配ってくれたんだよ。で、お返しをしたってわ、け……」

「このやろーー! 俺のときめきを返せー!」

 俺の雄叫びは虚しく街中に響いたのだった。