スロウ!
最初に気がついたのは、アフリカ南部ザンビアに住む十二歳の少女だった。
普段通りに川へ水を汲みに行こうと家を出た彼女は、あたまにコツンと軽い衝撃を感じた。近所の悪ガキがゴミでも投げてきたかと思った彼女は、あたりをきょろきょろ見回して姿を探した。
いつまでたっても見つからない悪ガキにいら立っていると、今度は肩にコツリと何かがぶつかった。足元に転がったそれの正体は――キャンディーだった。
貴重な飴玉を拾った彼女は大いに喜び、そしてこんなに高価なものを投げてきた悪ガキに困惑した。
親に報告しようかとも思ったが、そうしたら持っていかれるかもしれないと彼女は考えた。捨てるぐらいなら悪ガキからいくつかもらってやろうとも。
キャンディーを口に放り込み、包装紙をポケットにねじ込んだ彼女は、少し浮かれた足取りで大きなポリタンクを運んで行った。
彼女の影が消えたのち、またカツリと、キャンディーが降ってきた。カツリカツリコツリカツリカツリコツリ――
キャンディーの飛んでくる方向には少年がいた。キャンディーの雨が止んだかと思うと、彼はうずくまって少女の名を呼んだ。そして「どうしてぼくの気持ちに気付かないの?」とも。
少年は探険好きだった。そんな彼の毎日の探険ルートには少女の家の近くも含まれている。少女が毎日、兄弟の世話や水汲みを一生懸命にする姿に、少年はどんどん惹かれていった。
そして今日、自分のお小遣いをはたいて買ったキャンディーをプレゼントしようとしていたのだった。しかし、彼にそんな勇気はなく、遠くから投げるという形になってしまった。
少年は自らの勇気のなさに落ち込み、とぼとぼと帰路についた。
彼の影が消えたのち、今度はカリカリカリカリという音がし始めた。
「コマコマ、素敵なものが落ちているよ。ほら、こっちに来てみてごらん」
「カナカナ、ちょっと落ち着いてよ。こないだもそうやって駆けて行って、ネズミ捕りに足を引っ掛けたばかりじゃないか。今度は僕助けないよ」
「そうじゃないよ、見てみて、ほら、おいしそうな甘いにおいがしてくるよ。いろんな色の大きな球が沢山散らばっている」
「おや、ほんとうだ。ぼく知ってるよ、これはね、キャンディっていうものさ」
「きゃんでぃってなあに」
「家鼠なら常識だよ。カナカナもぼくみたいな借り手になりたいなら覚えとかなくちゃ」
「そんなことはいいよ。ねえ、これ食べてもいいよね?」
「そう急ぐなって。キャンディっていうのはね、人間たちが人間の子どものために作った、甘くっておいしい餌のことさ」
「餌?」
「そう、餌。もっと言えば、釣り餌だね。これを人間の親から与えられた子供は、親に言われたことを何でも聞かなきゃいけないのさ」
「へえ。でも、コマコマ、ぼくたちは人間の親の言うことをきかなくってもいいんだよね?かりかり」
「あっ、ちょっと、もう食べてる。ぼくが喋っているっていうのに。仕方ない、ぼくもお相伴にあずかろう」
「ああ、甘くておいしいね。かりかり」
「ほんとうだ、お米よりもずっとおいしいな。かりかり」
おいしいごちそうを彼ら特有の丈夫な歯でぱくつき始めたカナカナとコマコマ。しかし、彼らはキャンディに気を取られるあまり、頭上に迫った危険には気づいていなかった…
彼らに黒い影が覆いかぶさる。
「それはぼくが彼女にあげたキャンディだ!お前たちが食べるな!」
少年は言った。
正確にはあげたのではなく、投げたものだった。
「そんなこと言われても、食べちゃったものは出せないよ」
少年は、好きな子のためにお小遣いをはたいたのであって、決して鼠のためではない。
「ごめんね。でも落ちていたから食べただけだよ?」
「彼女にあげたって言うけど、受け取ってもらえなかったんじゃないの?」
鼠たちは大声をあげて笑った。
「それ、君が私にくれたキャンディだよね?」
少女が現れた。
少年は、情けないと分かっていても少女に助けを求めないわけにはいかなかった。
「そうだよ!ぼくがあなたにあげたキャンディだよ。拾ってもらえなかったら今日取りに来ようと思ってたら、この鼠たちが食べていたんだ!」
鼠たちは弁解する。
「誰のものだなんて、書いてなかったじゃないか!」
少女は笑う。
「私はね、君が今日取りに来ると思ってここに来たんだよ。キャンディ、高かったんじゃないの?」
「大丈夫。ぼくのお小遣いで買ったから」
「そういう問題じゃないわ。君が私のために買ってくれたのは分かった。でも、一人で食べるのは申し訳ないし、寂しいから一緒に食べたいなって。だから来たの」
鼠たちは、言った。
「仕方ない。まだ食べてない分を返そう」
「ぼくたちはお米を食べる生活に戻ろう」
「そうだ、キャンディなんて贅沢だったんだよ」
無事にキャンディを返してもらえた少年と少女は、手をつないで、キャンディを口の中で転がしながら家路についた。
夕日が二人の影を伸ばし、綺麗な絵を描いていた。