混濁

 

「極楽」「九理九」「屑」「頭痛」「ウィルス」「墨」「耳蚯蚓」「また『ず』?もう良いよ」

 面倒臭くなって寝転がると、兎耳が地に着き汚れた。見上げた天球には青が張りついている。大きく息を吸うと躰が硬直した。水と草と動物と、そして何かの匂いがする。

 溜息を吐いたら脱力した。心臓も止まらないかと期待する。

「――怠い」

 油断してると虚空に消えそうで。それでも構わないと思う自分が居て。死ぬのは善くないと何処かの誰かの声がして。思い巡らすこと自体が無意味と知って。

 エィ、と名前を呼ぶ。此方を向くのが視界の端に映った。像は滲んでいる。

「何故――いや、何でも無い」

 そう――とだけ呟くとエィは再び宙を見つめる。風に揺れるボブカットの毛先。斜光に煌めき錆色に変じた。

 暫く眺めていたが、飽きて目蓋を閉じた。世界の裏側ではサイケデリックな光芒が飛び交っていた。幾何学模様が怪しく揺れて秩序だって拡散し、やがて把握できなくなる。

 もう一度怠いと考える。口に出したかは解らない。流転するネオンは動物の形を取った。ワイヤーフレームの獣はショッキングピンクの牙を顕わに暗闇に襲い掛かる。エメラルドグリーンの鬣が風に揺れる事は無い。

 暗闇と縺れ合い、絡まり合い、転がり合っても、獣の輪郭は狂いはしない。線はその存在を自己主張する――痛い程に。

次第に暗闇は躯を覆い尽くし、見えていた筈の向こう側が無くなった。猛々しかった獣は墜ちていく。最後の一片が掻き消える前に――ねえ、と囁く声がした。甘く有機的な声。光子は光波となり暗闇に溶け込んだ。

目蓋を開けば世界の裏側は煙になる。エィだった。

「もし明日世界が滅ぶとしたら、XXXはどうする?」

「多分どうもしないね」

「多分って、どういうこと?」

 体を起こすと節々が痛む。生きていると思った。手持ち無沙汰な両手は若木を掴む。手持ち無沙汰な口からは戯れ言が衝いて出た。

「その時のことはその時にならないと判らない。経験していないことは想像でしかないのだから、インプットに対するアウトプットもまた想像でしかない。そして想像するという形でインプットした自分の行動予測は、自分自身を縛る枷になるだろう」

 こう言う事もまた自分を縛っているのだがね、とは云わなかった。自分が嫌になる。エィはハンッと鼻で笑っていた。自分が嫌になる。

 雨が降り出した。全身を濡らす。まるで悲しみを映し出した様な世界に、勘違いしている自分が嫌になる。眼を瞑っても世界の裏側は見えなかった。

 気がつくとエィは消えていた。アスファルトに手をやっても熱が吸い取られるだけだった。

 カサリと音がする。弄っていた若木はいつの間にか千切れかけていた。指を鼻にやると青臭い匂いがする気がした。雨の匂いに溶けて消えた。

 上を見ると、青色と灰色と水の色がごちゃ混ぜになっていた。世界だと思った。

 

 了