べっこうあめ

 

 色とりどりのお菓子の中、私はまだ見ぬ誰かに手に取られる日を待ちこがれていた。

 べっ甲色の体に、みんなを惹きつける甘い香り。こんなに魅力的なのに、何故まだ売れ残っているのだろう。静かな駄菓子屋の中、毎日一人でそんなことを考えていた。

 そんなある日。

 店内に一人の少女が現れた。片手をぎゅっと握りしめたまま、チョコの売り場へ駆けていく。

 彼女に選ばれたチョコレートが私に誇らしげな顔を見せる。

「お前はずっと売れ残りなんだよ」

 返す言葉は出なかった。

 別に、自分が劣っているとは思わない。むしろ、この店の中で一番おいしいのは自分だと思っている。しかし、時代の流れというのか、最近はチョコレートやクッキーなど、こじゃれたものがよく売れる。昔は私たちが一番人気だったのだ。まあ、人から聞いた話なのだが。

 なのに、なんで……。

 

 

 もう美味しく食べてもらえる期限も迫っているのに、私はなかなか買ってもらえなかった。乾物である私たちキャンディーがお店でその日を迎えるなんて、こんなに屈辱的なこともない。

 周りの飴たちは皆、ピーチ味だとかソーダ味だとか、幸せな響きを持った名前をそれぞれ胸に掲げて、誇らしげに金の籠の上で自分の番を待っている。それに引き換え私の包み紙に墨痕鮮やかに書かれた名は「べっこうあめ」。今さっきチョコレートを買っていった可憐な少女には恥ずかしくてとても見せられない。そのうち店主のおばあさんも私の存在を忘れて行って、私は華やかでカラフルなキャンディーたちの下に埋もれて行った。すっかり諦めきった私には、もうそれでもいいとも思えた。きらきらの包み紙で少年少女の目を引く彼らの後ろにいる私のことなんて、もう誰も買ってくれないだろう。このまま消費期限と天のお迎え(おばあさん)を待つのだって悪くないじゃないか。

半ばひねくれた気持ちでそう考えていたある日、

彼――芋飴はやってきた。

 

 

私が店にいる間、芋飴は誰からも目を向けられることはなかった。私は、自分もそうだったくせに心の中で嘲っていた。芋飴は何も悪くない。だが、売れ残る自分の寂しさを紛らわすために、自己満足のために、芋飴を利用したのだ。私は性質が悪い。そんなことは分かっている。けれど、未だに売れ残る芋飴を見ていると、目を向けられないのは私だけではないと思えて、孤独感から解放される。

罪悪感に苛まれないよう私は自己暗示をかけた。

――私は悪くない

――私は悪くない

 何度も何度も繰り返し自分に言い聞かせた。

 いつか買ってもらえる。そう信じて。

 そして、ついに美味しく食べてもらえる最後の日が来た。今日が終われば、私は店にいることすら叶わなくなる。泣きたいが、私は泣くことができない。自分に付けられた値段が格段に下がっているのを認識して、更に惨めになった。

――私には価値がないっていうの!?

 

 夜になった。そろそろ店が閉まる時間だ。

――カラン、コロン

 来客を告げる鈴が鳴る。

 結局私は誰にも買ってもらえないで終わるのか。

 誰かに見向きもされることなく終わってしまうのか。

 私が見届けることができる最後の客は、おばあさんだった。

 おばあさんなら、もしかしたら…

 「べっこうあめ」を買ってくれるかもしれない…

 しかし、おばあさんが手に取ったのは芋飴だった。

――なんで私じゃないの!?

 期待が砕け散った。

 その後、おばあさんは驚きの表情を浮かべて言った。

「おや、べっこうあめじゃないか。懐かしいねぇ…」

 

 

やさしい、慈愛に充ち溢れた笑み。ほんとに思わず涙ぐみそうになったというのは嘘じゃない。乾物のべっこうあめに水分はないけれど。

「子供のころは、よく買っていたものだけれど。」

おばあさんは私を手にとって粗末な電球の明かりにかざし、そっと一言つぶやいた。

「きれいな色だこと。」

それで、今まで凝り固まってきた私の中の意地悪なしこりはほろほろと溶けてゆくようだった。代わりに、遠い昔になくしてしまったべっこうあめとしての誇らしさがよみがえってくる。

「これも買おうかしらね。」

――おばあさん、ありがとう。

今日だけは、本当に今日だけ私は、普段見上げているはずの色とりどりのチョコやグミたちを見下ろして、笑ったのだ。

―――ばいばい、みんな。

隣で芋飴が「お気楽な奴だな」なんて苦笑していたのだって別に聞こえなかったし。

 

「お勘定です。」

「はいはい。」

奥から出てきた店主のおばあさんは、私たちを一目見て、

「八十二円です。」という。

買ってくれた慈母のようなおばあさんはがま口財布を覗きこんで、五十円を出し、十円玉を一枚、二枚・・・

「あら?」

「どうされました?」

「十二円足りないわ。」

「あらら~、それは・・・。」

「仕方ないわねぇ。じゃあ、べっこうあめは今度買いに来ることにしようかしらね。」

「そうですか。では。」

―――・・・・・・うそでしょ?

 

おばあさんは四十五円を出して、残りを財布に引っ込めた。

一方の、私は無残にも慈母様の御手からむしり取られた。

その時横目に見えた芋飴の何とも言えない顔と、鬼畜ばあさん(店主)の顔と、・・・そして慈母もどきのおばあさんの顔を、私は来世へいっても忘れないだろう。